トレンチコートには、使っていない部品がたくさん付いています。
肩の上の小さなベルト。胸に重ねられた四角い当て布。ウエストのベルトにぶら下がった、金属の輪。一度も使ったことがない、という方がほとんどではないでしょうか。
でも、これらは飾りではありません。全部、使うために付けられたものです。 ただし、使っていたのは私たちではなく、100年前の兵士でした。
この記事では、トレンチコートの部品を一つずつ見ていきます。バーバリー公式が役目を明記しているものと、トレンチコート全般に共通する仕様を分けて書きました。
全部、軍の装備でした
1912年、トーマス・バーバリーはタイロッケンというコートの特許を取ります。ベルトとバックルで前を留める形で、これがトレンチコートの前身とされています。
第一次世界大戦(1914〜1918年)で、バーバリーは軍に衣類と装備を納めました。塹壕(トレンチ)で戦う将校のために作られたから、トレンチコートです。
そして公式はこう書いています。「これらの特徴は、いまのバーバリーのトレンチコートにも残っている。」
100年前に必要だった形が、そのまま残っている。それが、あの使わない部品たちの正体です。
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エポレット(肩章)
肩の上に付いている、小さなベルトです。
将校の階級章を示すためのものでした。公式は、手袋などを挟んでおくこともできたと書いています。両手がふさがりやすい場面で、肩に挟んでおけるのは合理的です。
ガンフラップ
右の胸に重ねられた、四角い当て布です。
公式の説明は「追加の保護のため」。胸まわりを二重にすることで、そのぶん守りを厚くしています。
なお「銃床(ガン)を構えたときの緩衝材だった」という説明を見かけますが、公式が書いているのは「追加の保護」までです。 この記事でもそこに留めておきます。
ベルトのDリング
ウエストのベルトにぶら下がっている、D字の金属の輪です。
軍の装備を吊るすためのものでした。水筒や地図入れ、双眼鏡。腰に下げておく必要のあるものを、ここに取り付けていたわけです。
いまはほぼ使いません。 でも、この輪が残っているから、トレンチコートはトレンチコートに見えます。
スロートラッチ/袖のストラップ/打ち合わせ
ここからはトレンチコート全般に共通する仕様で、バーバリー公式が個別に役目を書いているものではありません。ただ、理屈ははっきりしています。
- スロートラッチ … 襟を立てたとき、首元を閉じるための小さな留め。風を防ぎます
- 袖のストラップ … 袖口を絞って、雨と風が入るのを防ぎます
- 打ち合わせ(ダブル) … 前を深く重ねることで、風を通しにくくします
どれも「閉じる」ための部品です。開いた場所から冷えと雨が入る、という当たり前の問題への答えになっています。
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ストームシールド
背中の上のほうに、もう一枚重ねられた布があります。
公式の説明は「雨が効率よく流れ落ちるようにするため」。肩から落ちてきた雨が、この布の上を滑って、背中の下のほうへ流れていく。傘の役目を、コート自身がしているわけです。
肩は、雨をいちばん受ける場所です。そこを二重にするのは理にかなっています。
背の切れ込み
裾の中央に入った切れ込みです。歩幅を妨げないためのもので、これもトレンチコート全般に共通する仕様です。
膝下まである長いコートで歩くには、ここが開いている必要があります。
襟は、8つのパーツでできています
ここは、公式の説明の中でもとくに驚いた部分です。
バーバリーによれば、トレンチコートの襟は8つのパーツから作られていて、最大270針を要します。首に沿って流れるようなカーブを作るためです。
そして——この襟の縫い方を覚えるのに、最大で1年かかる。
公式は襟を「構造上もっとも複雑な部分」と表現しています。ヘリテージのトレンチコートは、ヨークシャーのキャッスルフォードで50年以上作り続けられています。
見た目がいちばん静かな部分に、いちばん手がかかっている。 ここは覚えておいて損がない話だと思います。
名前は、ロンドンの地名です
バーバリーのヘリテージ・コレクションには、3つのフィットがあります。そしてカーコートが1型。
※ヘリテージコレクションとは・・・ブランドのアーカイブや伝統をもとに再構成した、定番のトレンチコートを中心とするコレクションのこと。カーコートとは、自動車に乗るために作られた、ジャケットより長く、ロングコートよりも短いアウターのこと。
| 名前 | 種類 |
|---|---|
| チェルシー(Chelsea) | トレンチコート |
| ケンジントン(Kensington) | トレンチコート |
| ウォータールー(Waterloo) | トレンチコート |
| カムデン(Camden) | カーコート |
すべてロンドンの地名です。 公式は「それぞれの型は、名前の由来となったロンドンの土地と同じように、個性がある」と説明しています。
バブアーがイングランド北部の町の名前を、モンクレールが山とフランスの地名を使うように、バーバリーはロンドンの地名を使っている。ブランドが自分の足元をどう見ているかが、名前に出ています。
生地は、自社の工場で織られています
もうひとつ、公式に書かれていて驚いたことがあります。
トレンチコートに使うギャバジンは、イギリス・キースリー(Keighley)のバーバリーの工場で織られています。 そしてコートの裏地になっているチェックのコットンも、同じ工場で織られています。
この裏地のチェックは、1920年代からずっとコートの内側に使われてきたものです。
【クリーニング師のメモ】部品が多い服は、外せるものから
ここからは、実際に服を扱う立場からの話です。
トレンチコートは、一着の中に部品と素材がたくさん入っている服です。ここまで見てきたとおり、ベルト、金具、当て布、そしてモデルによってはライナー。
だから、扱いの原則はこうなります。
- 外せるものは、外してから出す。 ベルトは必ず外して一緒に。忘れると、ベルトだけ色が変わります
- ライナーは別扱い。 外せるライナーは素材が違うので、本体と同じ扱いにはできません
- 金具を申告する。 Dリングやバックルは、他の衣類を傷めることがあります
- 判断の根拠は、洗濯表示だけ。 部品の多さは扱いの難しさを教えてくれますが、洗い方までは教えてくれません
バーバリーには、公式の「撥水の再加工」サービスがあります
これは知っておく価値があります。
バーバリーは「ReBurberry」というアフターケアを持っていて、公式の説明によれば、内容はクリーニング・修理・そして再防水加工(reproofing)です。目的は「コートの仕上がりを保ち、より長く楽しめるようにするため」と書かれています。
ギャバジンの撥水は消耗品で、着用とクリーニングで少しずつ落ちていきます。ブランド自身が「撥水を入れ直す」サービスを持っているというのは、その前提を公式が認めているということでもあります。
まず公式に相談する、という選択肢を持っておいてください。
公式サイトからアポイントメントの予約ができます。トレンチコートはリプルーフィング(撥水の入れ直し)・補修・サイズ調整まで対応、と書かれています。
▶ ギャバジンという生地の話と、ふだんのお手入れの詳しいところは、こちらの記事にまとめています → バーバリーってどんなブランド?ギャバジンとトレンチコートのお手入れも解説
まとめ
- トレンチコートの部品は、第一次世界大戦の軍装備の名残です。公式は「これらの特徴はいまも残っている」と書いています
- エポレットは将校の階級章を示すため(手袋を挟むこともできた)。ガンフラップは追加の保護のため。Dリングは軍の装備を吊るすため。ストームシールドは雨を効率よく流すため。この4つは公式の説明です
- スロートラッチ、袖のストラップ、打ち合わせ、背の切れ込みは、トレンチコート全般に共通する仕様。どれも「閉じる」「歩く」ための部品です
- 襟は8つのパーツ・最大270針。縫い方の習得に最大1年かかります。公式いわく「構造上もっとも複雑な部分」
- ヘリテージの型の名前、チェルシー/ケンジントン/ウォータールー/カムデンは、すべてロンドンの地名
- ギャバジンも、裏地のチェックのコットンも、キースリーの自社工場で織られています
- 公式に「ReBurberry」というアフターケアがあり、クリーニング・修理・再防水加工が含まれます
使わない部品が付いたままの服を、私たちは100年着続けています。意味を知って着るのと、知らずに着るのとでは、たぶん少し違う。 手元の一着の肩と背中を、一度見てみてください。
この記事を書いた人

ソワ|国家資格を持つ現役のクリーニング師です。クリーニング歴は30年以上になります。
業界に長くいても、知らないブランドはまだまだあります。ブランドを一つずつ勉強しながら、その成り立ちと、そこから導かれるお手入れの方法を書いています。服が「何のために作られたのか」が分かると、扱い方の答えは、たいていそこにあります。
店の名前は出していません。特定のお店に来ていただくためのブログではないからです。ご自身で手入れをされるにせよ、お近くの信頼できるお店に相談されるにせよ、その判断の材料になれば十分だと思っています。


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